Age-Well Design Lab
2023年12月7日
Age-Well Design Labでは、挑戦と発見を通じてポジティブに歳を重ねる”Age-Well”を体現されている方へのインタビューをお届けし、Age-Wellな生き方を発信していきます。
今回は、横浜・二俣川駅の多世代が集うコミュニティスペースであり、Age-Well Design Labの拠点でもある「モットバ!FUTAMATA RIVER LIBRARY」に通う米澤洋子(よねざわ・ようこ)さんにインタビュー。
モットバ!のスマホ教習所でスマホを片手に熱心に学ぶ米澤さんは、一方で30年という歳月を「絵手紙」というアナログな表現に捧げてきた表現者でもあります。「表現すること」に境界を設けず、常に進化し続ける米澤さんのAge-Wellに生きる秘訣を教えていただきました。
インタビュアー:黒川)米澤さん、本日はよろしくお願いいたします。米澤さんといえば、モットバ!で見せてくださる素敵な絵手紙が印象的ですが、そもそも絵手紙と出会ったきっかけは何だったのでしょうか。
米澤さん)きっかけは本当に些細なことだったんですよ。子供たちが少しずつ大きくなって、主婦として「自分の時間」がぽっかり空いた時期がありました。そんな時、友人が「郵便局で面白い講座があるから行かない?」と誘ってくれたんです。それが絵手紙との出会いでした。
当時はちょうど空前の絵手紙ブームで、創始者の小池邦夫さんが提唱された「下手でいい、下手がいい。心を伝えるものだから。」というフレーズが、当時の私にはものすごく新鮮に響いたんです。それまで「絵」といえば上手く描かなくてはいけないものだと思い込んでいたけれど、そうじゃないんだ、と。私はもともと小学校から習字をやっていたので、筆を使って線を引くこと自体には馴染みがありました。でも、絵手紙の線は、習字の楷書とは全く違う。震えるような、命の鼓動が伝わるような線を良しとする世界。そんなところに、あっという間にドハマりしてしまったんです。
黒川)「心を伝える」という部分に惹かれたのですね。
米澤さん)絵手紙は、実物をじっと見つめることから始まります。花でも、野菜でも、道端の石ころでもいい。その命の輝きを自分の目を通して観察し、感じたままを筆にぶつけるその瞬間、ギュッと閉じていた心の蓋が開いて、自分が開放されるような感覚になるんです。これが、たまらなく気持ちいいんですよ。
ただ、30年も描いていると、正直なところ「描くネタ」がなくなってくるのが一番の悩みなんです。だから最近は、自分なりに「動物のお尻シリーズ」などの面白いテーマや、新しい方法を取り入れています。漂白剤を使って黒い紙を脱色しながら描く技法や、消しゴムハンコ、さらには「雑草」だけをテーマにしたりなどですね。テーマを決めるまでは生みの苦しみがありますが、アンテナを張って街を歩くようになると景色が違って見えるんです。漫然と生きるのではなく、常に「表現のタネ」を探す。それが私のAge-Wellに繋がっている気がします。

黒川)そんな米澤さんの創意工夫に、米澤さんの絵手紙教室で教わっている生徒さんたちもきっとワクワクされるのではないでしょうか。 ご自身の作品作りとはまた別に、長年「教える立場」として歩んでこられた中での喜びや、困難を乗り越えたエピソードもぜひ伺わせてください。
米澤さん)自分の教わっていた先生が、あちこちで引っ張りだこになり手一杯だったことから、拝命し講師になりました。やってみると、教えることは学ぶこと以上に大変でしたが、それ以上に楽しかったです。実家の富山へ、両親の介護のために13年間も横浜から通い続けて心身ともにボロボロになりそうな時もありましたが、「先生、次はいつ?」と待ってくれている生徒さんたちの顔を思い浮かべると、筆を置くことはできませんでした。介護の合間を縫って、ヘルパーさんにお願いして横浜に戻り、教室を開く。そのリズムがあったからこそ、私は介護という重い時間を乗り越えられたのかもしれません。ピンチの時ほど、誰かに必要とされることが力になる。それを絵手紙が教えてくれました。
黒川) 30年もの間、米澤さんを突き動かしてきた「絵手紙の魅力」とは、一言で言うと何でしょうか。
米澤さん)私にとっては、絵手紙の活動はビタミンのようなものですね。それまでの私は「何者でもない主婦」として、家族のために生きてきました。もちろんそれは幸せなことでしたが、どこかで「私自身の声」を出す場所を求めていたのかもしれません。
また、もう一つ、絵手紙を通して生まれたたくさんの交流は私の財産です。絵手紙の教室でも皆でどこかに出かけてスケッチをしたり、ともに美術館に赴いたりと、人と触れ合いながら活動するのが楽しかったです。30年絵手紙を続けて、今も交流が続いているのはとても貴重なご縁だと思います。
黒川) 30年も続くなんて、とても素敵なご縁ですね。そんな米澤さんが、人間関係において大切にされている哲学はありますか?
米澤さん)私はね、「人に対してバイアス(先入観)を持たない」ということを、ずっと自分に言い聞かせてきました。例えば、誰かが「あの人は評判が悪いよ」とか「気難しい人だよ」と言っていても、私はそれを鵜呑みにはしません。そんな言葉に振り回されるのはもったいないでしょう?自分が実際に触れ合って、その人の「生の声」を聞き、心に触れてみないと本当のことは分からない。誰にだって良いところはあるし、私は相手の素敵な部分を見つけると、すぐにリスペクトしちゃうんです。
黒川)誰に対してもフラットに接する、その強さはどこで養われたのでしょうか。
米澤さん)私たちは「団塊の世代」ですからね。小学校の頃は1クラス50人もいて、それが10クラスも16クラスもあった。そんな雑多な中で揉まれて育ちましたから、良くも悪くも「人は人、自分は自分」という感覚が身についたのかもしれません。
実は私、こう見えて人前に出るのは大の苦手なんです。本当は学校のトイレ掃除を黙々とやっているような、影のような存在でいたいタイプで。その一方で、一対一で、あるいは少人数で膝を突き合わせて、腹を割って話すことは大好きなんです。誰かが経験した苦労話や、逆に成功して軌道に乗った話を自慢だとは思わず、「なるほど、いいな!」と聞くことは、私の人生にとって全く無駄じゃありません。他人の人生の物語を聞くことで、自分が長年抱えていた課題の解決策がひょんなことから見つかることもある。人との交流は、私にとって最高の学び場なんです。

黒川) 手書きで心を表現する絵手紙に打ち込んでいらっしゃる一方で、今はInstagramやCapCut(動画編集アプリ)を軽やかに使いこなされていますよね。そのギャップがとても新鮮です。
米澤さん)きっかけはモットバ!での出会いだったんですよ。絵手紙の教室で使う資料をスマホから印刷したくて相談したら、Age-Well Designer(以下AWD)が「ネットワークプリント」を教えてくれたんです。コンビニでピッピッと操作するだけで、自分の写真が印刷できる。その魔法のような体験が楽しくて!そこでちょうど「Instagramの講座がはじまるけど、米澤さんどう?」と誘われて、「やります!」と即答しました。
黒川)新しい技術への抵抗は、全くなかったのですか?
米澤さん)全くありませんでした。今思えば、インスタを初歩の初歩からきちんと教われたのは本当に良かったですし、Instagramのストーリーをデザインしたり、CapCutで動画を編集したりするのは、私の性分にぴったり合っていたみたいです。私は大勢の中で目立つよりも、一人で黙々と何かを組み立てるのが好きなんです。自分の描いた絵手紙をどう並べたら一番心が伝わるか、どの音楽を乗せたら季節の空気感が届くか。スマホの中で一コマずつ編集していく作業は、筆を走らせるのと同じくらい没頭できる「新しい創作活動」でした。
黒川)アナログな手書きの温かみと、指先一つで世界と繋がれるデジタル。デジタルという新しい「筆」を得たことで、米澤さんの絵手紙の世界がもっと自由に、もっと色鮮やかに広がっていったのですね。
米澤さん)デジタル面でもそうですし、モットバ!と出会ったことで私の人生が大きく変わりました。モットバ!と出会って以来、毎日がハッピーです。
モットバ!で出会う人たちは本当に素敵な方が多いですよね。同じ講座を習っている方々は、素敵で意欲・分別があり、何よりも笑顔が素晴らしい。若い世代のAWDは、自分の若い頃と比べて本当に高度なことを身に着けていると感じます。ITリテラシーが高いうえに、シニアとのコミュニケーション能力、節度のある言葉や態度など、どれも本当に感心します。
私は、風通しがよく、お互いがリスペクトしあえる、ポジティブで暖かい場所が大好きです。ひとりひとりが心に明かりを灯し、それを持ち寄るところ、モットバ!はそんなところだと思います。
黒川)モットバ!にも通いながら、常に新しいものを取り入れ、表現し続ける。そのバイタリティの根底には、どのような人生観があるのでしょうか。
米澤さん)新しいツールを覚えることも、人との出会いも、結局は「今の自分」をどう生きるか、という問いに繋がっている気がします。私が大切にしている言葉に、仏教の「自灯明・法灯明(じとうみょう・ほうとうみょう)」という教えがあります。「自分自身を拠りどころとし、正しい教えを拠りどころとして生きなさい」という意味です。誰かに依存したり、時代の変化を怖がったりするのではなく、自分の内なる灯を絶やさず、自らを律して生きていく。
私の母は、血液の癌で苦しい最期でしたが、一度も泣き言を言わず「ありがとう、私の人生に後悔はない」と笑って旅立ちました。その凛とした「全うする姿」は、今でも私の道標です。私も母のように、自分の人生を自分の足で歩み切りたい。そして、自分の感性を刺激するような生活をして、できる範囲で毎日感動したい。デジタルを学ぶことも、絵手紙で命を描くことも、そのための「自己鍛錬」のようなものかもしれませんね。

黒川)自分を磨き、そのうえで日々に感動し続けることが、米澤さんにとってのAge-Wellなのですね。最後に、AWD世代や同世代の方へ伝えたいメッセージをお願いします。
米澤さん)24時間、すべてを自分のために使えるようになった今、改めて健康でいられることに感謝しながら、一日一日を丁寧に「全う」したいと思っています。AWDたちの、枠にとらわれないキラキラした感性にはいつも驚かされます。だからこそ、私たちシニアも「もう手遅れだ」なんて耳を閉じるのではなく、彼らから学び、混ざり合い、新しい刺激を面白がっていきたい。「人生下り坂、でも、景色はいいよ」と胸を張って言い続けてほしいですね。
一方で、検索一つで答えが見つかる時代を生きるAWD世代に伝えたいのは、「答えは調べられる、でも人生は歩いて見つける」ということです。知識や技術は受け継がれますが、心の成長や人生の実感は、一人ひとりの中でしか育ちません。後で振り返ったときに面白い人生だったと言えるように、自分の人生を自分で味わいながら、一歩一歩進んでいってくれたらと思います。私もまだまだ、自分の人生を味わい尽くしたいと思います。
黒川)私も米澤さんからの言葉を胸に、自分の人生をかみしめながら、踏み出していこうと思います。これからの米澤さんの挑戦も楽しみです!今回はありがとうございました。
「毎日がハッピー!」と語る米澤さんの笑顔には、新しい技術を面白がる瑞々しさと、30年の絵手紙活動で磨かれた表現者の深みが共存していました。介護という困難な時期を絵手紙で乗り越え、現在はスマホをも新たな「筆」として軽やかに使いこなす。そのバイタリティの根底にあるのは、変化を恐れず「今の自分」を面白がる柔軟な感性です。「答えは歩いて見つけるもの」という言葉通り、自らの内なる灯を頼りに一歩一歩を丁寧に味わい尽くす。誰に対してもフラットに、素敵なところを見つけてはリスペクトを贈る米澤さんの生き方から、私たちが目指すべき、豊かで凛としたAge-Wellな姿を教えていただいた気がします。
(インタビュー/編集 黒川奈南)