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2023年12月14日 AgeWellJapan Lab

【事業者の傾聴インタビュー-vol.4】日々100人のシニアと対話することで気付く、シニアの本音。BABA lab桑原氏が語る本音に耳を傾ける重要性とは。

 AgeWellJapan Labでは月に1回、挑戦と発見を通じてポジティブに歳を重ねる”Age-Well”を体現されている方、シニアの”Age-Well”な生き方を創る事業者へのインタビューをお届け。Age-Wellな生き方のヒントを発信していきます。

 今回は、100歳まではたらける職場「BABA labさいたま工房」や毎年約700人が通うシニアの学びの場を運営する桑原静氏にインタビュー。

 「1日およそ100人のシニアと話をしているかも知れません。」と語る桑原さん。そんな桑原さんだからこそ気付くことのできる「シニアの本音」や、本音を引き出すポイントについて伺いました。

「長生きするのも悪くないな」と思える街をつくりたい。

AgeWellJapan代表・赤木円香(以下、赤木):本日はよろしくお願い致します。まずは、現在桑原さんが取り組んでいらっしゃることについてお聞かせください。

BABA lab代表・桑原静(以下、桑原):「3人に1人は高齢者」となる時代が近づいている一方、社会の仕組みを作っているのは30代~50代の人が中心であり、シニアは不満があっても言い出すことができない社会の現状があると考えています。しかし、皆がいずれは高齢者になる社会。せめて、「長生きするのも悪くないな」と思える街をつくりたい。そのために必要な仕組み、サービスをつくっています。
 具体的には、さいたま市をフィールドにシニアの本音を聞く場所を運営しています。1つ目がBABA labさいたま工房。40代〜90代までの女性が集まり、モノづくりができる職場でもあり、地域の人とコミュニケーションを取れる場所でもあります。2つ目がシニアユニバーシティという、健康や介護についての学習や、クラブ活動を通した交流ができるコミュニティです。毎年約700名くらい参加者がおり、定年退職後の男性も多く、男性陣の本音を聞ける場所でもあります。コロナの影響でシニア世代でYouTubeが流行し、「俺たちもYouTuberになりたい」っておっしゃる人もいるんですよ。こうしたシニアがやりたいことを実現するために編集講座を開いたり、動画制作の目標となるコンテストを行なったりもしています。また、これらの場所で見つけたシニアの本音を企業に届けることで、新しいサービスの開発なども行っています。

赤木:「シニアの本音」がキーワードになっているんですね。桑原さんはどのようなきっかけでこれらの事業を始められたのですか?

桑原:IT企業に勤めていた頃やNPOの事業化支援をしていた頃から、リアルなコミュ二ティ形成に興味を持っていました。私は祖母の代からさいたま出身ですが、仕事の関係で一次産業が盛んな地方へ行くと、シニアの活発さを肌で感じたんです。一方、地元さいたまへ戻ってくると、「埼玉都民」と呼ばれるほど、現役時代は仕事も休日も東京都内で過ごす人が多く、地元の人たちとの接点がないため、定年退職後に活躍できる場所を知らない人が多いんですよね。おばあちゃんっ子の私は、自分のおばあちゃんやその友達の声を聞きながら「この人たち元気だから、もっとやれることあるんじゃないかな」と考えていました。加えて、自分もいつか歳をとるから、将来の自分のためにも何ができるか、という考えも根底にあります。

赤木:事業開始当初からシニアに対して「かわいそう」「助けたい」といったバイアス起点ではなく、「もっとやれることあるんじゃないか」と考えていらっしゃったんですね。状況ではなくその人たちの本質と向きあい可能性を見出すのは、なかなか出来ることではないと思います。桑原さんにそのような考え方が形成された背景を教えていただけますか。

桑原:おばあちゃんや母の影響が大きいですね。私のおばあちゃんは、戦後すぐ外国の人が多い池袋に住んでいました。当時は外国の人に差別的な視点を持つ方々もいたのですが、おばあちゃんは全く気にせず「困っているならうちでごはん食べていけば〜」とフラットに声をかけていたそうなんです。人種や年齢にバイアスをかけないおばあちゃんや母のいる環境で育ったからこそ、自然とそのような考えが形成されたのかなと感じています。

誰もが苦戦する「シニアの本音を聞き出す」。本音に辿り着くための鍵とは。

赤木:BABA labは「シニアの本音を聞き出す」コミュニティですよね。一方、シニアの本音を聞き出すことの難易度は高いと思います。アンケート調査で見えてくるものではないですし、実際にシニアのインサイトを掴みたい企業は彼らの本音までたどり着けず苦労しています。シニアの本音を聞き出すために、桑原さんが意識されていることはありますか?

桑原:シニアの皆さんの本音を聞く時は、素の自分で、相手に距離感を感じさせないようにしています。とにかくフラットに接していますね。また初めて会った人でも数回会った人でも、その人に対する興味を深く持ち、様々な観点から質問をたくさんしているかもしれません。

赤木:私たちの運営する「もっとメイト」も本音を聞き出すサービスです。孫世代のパートナーたちは、傾聴対話の人材育成プログラムを受けてシニアの本音を引き出せるようになるのですが、その研修は「とにかく共感をしましょう」から始まります。共感を持って傾聴と対話を繰り返すことで、お互いが「この人とだったら話していい」という心理的安全性が創られていくと考えています。ただ、桑原さんは少し違った角度からのアプローチをされていますよね。

桑原:共感を中心とするのではなく、相手のことを「分からなくてもいいや」と思って接していますね。共感しなくても、本音を聞き出すことはできると私は思っています。あえて「知る」だけで「分かろう」とはしないというか。これは、シニアだけでなく同年代と話す際も同じだと思います。その人のことを理解するってすごく難しい。ちょうどBABA labを始めた頃に子育てを始めたのですが、1、2歳の子どもにも人格があって、「人は人なんだ」と感じたことを覚えています。子どもも親も、お互いに考えていることがすべて分かる訳ではない。その視点を大事にしているのかもしれないです。ただ共感を前提にはしないのですが、ひたすら相手のことに関心を持って質問をしています。分からないからといって、あきらめたり突き離したりするわけではなく、興味関心を失わないことですね。

赤木:私とあなたは違う人であることを前提においた上で、「あなたのことを教えてください」というスタンスを取っていらっしゃるんですね。確かに、桑原さんは何を話しても受け入れて下さる雰囲気をまとっていらっしゃいます。あえて「分かる」「共感する」ことを前提にしていないのは、目から鱗です。実際、最近気付いたシニアの本音はありますか?

桑原:シニア男性の”おしゃれ”は女性の目線を意識していることが多いこと、ですかね。この間、身だしなみを学ぶ勉強会をやったんです。シニア女性は、「恥ずかしい人と思われたくない」と周りの、特に女性の目を気にしている人が多いのですが、シニア男性は「妻にどう思われるか」は気にするのですが、周りの目はあまり気にしていないんです。そのため、妻が亡くなったり、病気になったりした時に、どんどん身だしなみが乱れていく。同時に、社会性も失われていく人もいるんです。

赤木:「身だしなみ勉強会をやろう」といった着想には、どのようなプロセスを経てたどり着くのですか?

桑原:雑談を中心にしながら、まずはとにかくシニアの声を聞きます。実際、1日100人以上のシニアと話しています。さまざまな声や経験、ことばを蓄積して、ひとつの結論にたどり着く。そのため、相手が話している間はバイアスを持たないようにし、聞くことに徹するようにしています。その人に関係する事実をただ聞いて、ある程度ファクトが溜まったところで一つのテーマを着想するようにしています。それが積み重なると「あ、この人が言っていたことは、別の人からも前聞いた」と蓄積の中でつながりが見えてくるんです。
 今回の身だしなみのケースでも、とあるおじいさんの見た目の雰囲気が少し変わったなと思ったら、妻が入院したことが分かって。そこから、周りにも同じような人がいるという話でシニアたちと盛り上がり、身だしなみ一つから他人の変化に気付くことはあるよねという話になりました。その結果、「身だしなみを勉強したい」という本音にたどり着いた。そんな流れです。

「みんなで楽しく下り坂を転がろう」

赤木:現在、シニアが集まる場を運営されている桑原さんですが、今後の方針や事業展開などを教えてください。

桑原:もうすぐ50代に差し掛かり、体力が下り坂に差し掛かってきたと感じるようになりました。プレシニアとしての当事者意識が出てきましたね。特に、普段接するおばあちゃんたちとの繋がりも、若い頃に比べて感じるようになりました。同じ女性として先輩たちの感覚が分かるようになったことで、よりシニア女性の声を聞いていきたいと考えています。逆におじいさんたちに関しては、私は当事者として意識は共有していませんが、通訳者として彼らの声を聞き、サービスなどの形でアウトプットしていきたいです。

赤木:ありがとうございます。今おっしゃっていただいたように、シニアの文脈で語ると、やはり男性女性の傾向の差はやっぱり出てきますよね。

桑原:そうですね。団塊の世代含めて、男女を二分するのが当たり前の環境・文化で育ってきているので彼らの中には男女を分ける考え方の影響が強いんですよね。やっぱりそこを外してシニアについて語ることはできないと思っています。もちろん、今の若い人たちが歳を取ったらその境界は溶けるかもしれませんが。少なからず今日のシニアを語る上では、「男女」という社会システムが事実として、差として存在すると思っています。
 「みんなで一緒に楽しく下り坂を転がろう」という気持ちです。事業として今後は、主体的に企業に提案をしていきたいと考えています。自分たちから何か社会を変える動きを創っていきたい。シニアの本音を理解している立場として、改善したいことを企業や行政に提案することに、さらに力を入れて動きたいと考えています。

取材後記

BABA labがある可愛い一軒家では、70代80代の方が楽しそうに会話をしながら作品を作り、その周りを、子供たちが走り回っています。多世代交流が実現されたAge-Well空間です。今回、桑原さんとのお話を通して、BABA labのような、シニアが真の意味でAge-Wellを実現するコミュニティを作るためには、シニアの本音を掴むことが重要であると改めて実感しました。そして、シニアの本音を聞く方法は、共感を前提とする傾聴力だけではなく、桑原さんが実践されている知的好奇心をベースとして質問を重ねる方法もあると知り、非常に勉強になりました!これからも、シニアの無限の可能性を信じ、引き出し続けている桑原さんがさらに様々な取り組みをされていくのが楽しみです!(赤木)

(インタビュー:赤木円香 編集:荒生真優)