Copyright © 2023 AgeWellJapan inc. All Rights Reserved.

News

お知らせ

2024年9月2日 Age-Well Design Lab

【事業者の傾聴インタビュー_vol.8】社会の仕組みづくりを通じて、Age-Wellをデザインする / 経済産業省・水口怜斉氏

Age-Well Design Labでは月に1回、挑戦と発見を通じてポジティブに歳を重ねる”Age-Well”を体現されている方、シニアの”Age-Well”な生き方を創る事業者へのインタビューをお届け。Age-Wellな生き方のヒントを発信していきます。

今回は、経済産業省で健康・医療・福祉分野を横断したヘルスケア産業の振興を担当する水口怜斉氏にインタビュー。迫る「2025年問題」を前に、超高齢社会・日本は「介護」の課題にどのように向き合い、「Age-Well」をデザインしていくのかー。行政の立場からその最前線で活躍されている水口氏に、そのアプローチついてお話を伺いました。

超高齢社会・日本が抱える「介護」の課題とは

AgeWellJapan Lab所長・辰巳裕亮(以下、辰巳):本日はよろしくお願いいたします。まずは水口さんの現在の活動内容を教えてください。

水口怜斉さん(以下、水口):経済産業省ヘルスケア産業課では、主に公的保険外産業の振興を通じた予防・健康管理の仕組みづくりの観点から、健康社会の実現を目指しています。代表的な施策として、これまで「健康経営」の推進に取り組んできました。これは従業員の健康保持や増進の取り組みが将来的に企業のプラスに繋がるという考えのもと、経営的視点から従業員の健康維持を考え、戦略的に実践していくというものです。

しかしながら「健康経営」が掲げられて約10年が経過した今、日本は新たに「介護」という大きな社会変化に直面しています。

来年にはいよいよ「2025年問題」が迫っている日本社会では、団塊世代が75歳を超え、そんな彼らを団塊ジュニア世代が介護するフェーズに突入します。この社会変化は、これまで身近に感じられていなかった「介護」の課題が自分ごと化されるきっかけになると思っています。

辰巳:実際、就労しながら家族などの介護に従事する方は増えていますよね。介護をすることによって具体的にどのような課題が生じるのでしょうか?

水口:「介護を始めて仕事のパフォーマンスがどのように変化したか」というアンケート調査を働きながら家族などの介護を行っている方向けに実施したのですが、仕事のパフォーマンスが平均して約3割も低下したという結果が出ています。仕事と介護の両立が困難であることで企業活動にも影響が出かねないというのが現状です。こうした仕事と介護の両立困難に伴う経済損失は2030年には9兆円に達すると推計しており、「介護」が引き起こす影響は想像以上に大きいものです。経済産業省としてもこれを見過ごすわけにいかない。だからこそ、介護領域において新たな政策の旗を掲げ、高齢者の自立支援を目指した介護保険外サービスの振興や企業における働く家族介護者の両立支援促進、加えて「介護」というトピックを社会全体で取り上げていくための社会機運醸成を今まさに行っています。

そもそも介護領域への働きかけにおいて、厚生労働省と経済産業省の大きな違いは見ている範囲の違いです。前者は保険制度を中心に介護全体を、後者は保険制度の外側、いわゆるビジネス領域を見ています。保険制度を無制限に拡充していくのは難しいからこそ、それを補う民間のサービスはますます増加していく。そこで着目しているのが、自治体と民間を繋げることなんです。

なぜかと言うと、介護保険制度の運営主体となる保険者は「市町村」だからです。各地域における介護の責任は、その市町村が担っています。けれども、市町村だけで今後もずっとその責任を担っていくのは厳しくもある。実際、現場にいて感じるのは自治体と企業の距離の遠さです。お金を払って民間サービスを利用することへの抵抗感が拭いきれていないからこそ、自治体と民間の距離を縮め、その2つを繋いでいかなければならないと思っています。

他にも課題として挙げられるのが、「介護問題」を企業にどのように自分事化してもらうかということです。リソースを配分して収益を上げていくという企業のフレームワークにおいては、まだ十分に「介護」が従業員に対して与える影響が組み込まれていないため、それが経営に関わる重大な課題であることを多くの企業がまだ認識できていないんです。共働き世代が増え、かつてのように家庭内の誰か1人が介護の役割を担う時代ではなくなった今、これからは社員が直面している介護の課題を、企業としてどのように乗り越えていくのかを議論しなければならない。この流れが社会全体の大きなトレンドにもなっていますし、経営者の方々にそこへの問題意識を持っていただく必要があると感じています。

地域に「自然と人が集まる場所」を創り出していく

辰巳:私たちが展開する「もっとメイト」は保険外サービスですが、そのような民間企業が提供するサービスと自治体を繋ぐことによるアプローチにおいて、現在水口さんが考えていらっしゃる取り組みにはどのようなものがありますか?

水口:自治体が主体となって高齢者ニーズを把握することで、保険外サービスの地域実装に繋げていく取り組みです。

実際、これまで各家庭や個人で担っていた役割を、企業も巻き込んで地域の範囲に広げていく仕組みも登場しています。その一例が「コミュニティナース」だと考えています。コミュニティナースは、暮らしの身近な場所で活動し、その地域において自由で多様なケアを実践する人材だと認識しています。医療や福祉の枠に囚われず、地域の人同士が出会う様々な場所で活動が展開されているんです。そのような仕組みの中で「自然と人が集まる場所」を創っていくというのは、非常に面白いアイデアです。そこで要となってくるのは、「地域の中でいかにして人を集め、コミュニティとして集約化していくか」ということ。人口減少が進む多くの地域においては、今後はより一層、リソースを個別に配分する発想は難しくなっていきます。したがって、地域資源が集まった拠点を作り、そこに集約させていくという取り組みはとても有効だと思います。

例えば、ある地域では「ゴミステーション」が高齢者の集う場となっているんです。毎日足を運ぶ場所を見いだして、そこにさらに古着の回収や、地域産品の販売といった地域の様々な機能を付け加えていく。まさに日々使う場所をOSとして捉えて、アプリケーション的にサービスを付加していくという発想です。このような場を自治体が主体となって創り出し、地域の高齢者のニーズを把握する。そして、そこに保険外サービスである様々な機能を実装していく。これからの自治体の役割は、これまで企業が顧客に対して個別に実施していたサービスを束ねる仕組みをつくっていくことになると思います。それぞれの地域において、どこに高齢者が集まるかをよく理解している自治体が、彼らを集める仕組みを先に作り、そこで企業がサービスを提供していく。このようなマーケティング的な発想を持って自治体が場を創る役割を果たすことが求められると同時に、そこを通して多様なコミュニティや拠点が創り出されていくと考えています。だからこそ、福祉の観点を含めて地域全体をデザインするという発想が自治体には必要になってきますし、そのことを私たちも意識して自治体コミュニケーションを取っていかねばならないと思っています。

辰巳:そんな「人が集まる場」においては、周囲とのポジティブな関わりが生まれることも重要だと感じます。弊社が運営する多世代交流スペース「モットバ!」では、Z世代のAge-Well Desingerがシニア世代に向けて最近流行りのお勧めアプリを紹介することで、シニアの「やってみたい」を引き出し、行動のきっかけを生み出しています。だからこそ、そのような挑戦や発見を後押しし、自ら働きかけられる存在をコミュニティにも増やしていきたい。そんな彼らが後にこの領域に興味を持って行動を起こしてくれたら嬉しいですし、その文化を創っていきたいですね。

水口まさにこれからの課題として、当事者意識を持って行動を起こすことができる「担い手」を増やしていくことが挙げられます。介護や福祉事業に携わる専門家だけではなく、多種多様なたくさんの人が連携して活躍できる仕組みが必要だと思います。地域にいても、あらゆるサービスを享受できるようにするためには、多様な地域の人々の連携が不可欠です。

時間はかかると思いますが、「場」があればそこに関わった人々が、5年後10年後の地域の仕組みを創っていく力になります。一緒に課題に向き合い、解決を目指していく「担い手」がこれからもっと増えることを期待していますし、今の私の立場からはその種まきをしていきたいです。

「Age-Well」デザインのヒントは前向きな目的を生み出すこと

辰巳:最後に、水口さんが考えるAge-Wellデザインについて教えてください。

水口:結局のところ、根本的に問題を解決していく上で重要な観点となるのは、高齢者の自立を促すことなんです。そもそも、高齢者が活き活きと暮らすことができていれば、介護を必要とする状態になる可能性も低いんですよね。そんな中で介護や医療関係の方々が口をそろえておっしゃっているのは、高齢者の「目的意識」がポジティブな言動に繋がるということです。

実際にその意識を生み出すことに成功した事例として興味深いのが「Be supporters!」という取り組みです。これは高齢者施設のシニアの皆さんで地元のJリーグクラブを応援するというプロジェクトなのですが、ポイントは普段「支えられる」側である高齢者が、この取り組みではサッカー選手を「支える」側になっているということなんです。「クラブを応援するために」という前向きな目的意識が、グッズ制作や試合観戦といった新しい挑戦に繋がっていく。例えば「自分の足で試合を観戦しに行く」という目的を持ち、そのためにリハビリに励み、結果としてその目的を達成したという事例も伺いました。こうした意識が長期的な健康の維持に結びつくかもしれません。これこそまさしく、Age-Well 実現のドライバーとなる「ポジティブな挑戦」と言えます。

何かに取り組み、行動を起こすときに、前向きな目的や動機からスタートする。このドライバーを回していく、すなわちAge-Wellをデザインできる仕組みをつくり、社会全体に広めていかなくてはならないと考えています。

この時に意識すべきことがあります。それは「世の中の常識を疑ってみる」ことです。私たちの世代が持っている常識が、高齢者の挑戦の障害となっていることもあるんですよね。

こういった常識を覆していく発想で取り組みを進めていけば、例えば、「要介護度」の捉え方も変わって来ると思います。自立支援介護と呼ばれる手法論の中では、摂取する水分や栄養、運動量、排泄状況などを管理することで、認知症の周辺症状を改善し、要介護度を下げる取組が行われています。一般的には、要介護度が上がるほど保険報酬が上がるので、要介護度を下げると施設の収入はマイナスになるように思いますが、高齢者が心身ともに自立していくことで、施設にとっては入退院のタイムラグがなくなることもあり、とある施設では、自立支援介護を取り入れてむしろ収入が上がったそうです。こうした積み重ねがあれば介護業界の常識もアップデートされるかもしれません。しかし、それに対してどのように取り組めば良いかという知識を持っている人は意外と少ない。高齢者がポジティブに歳を重ねられる社会を創るためには、仕組みづくりを行っている私たちを含め、高齢者を支える周辺環境にいる人たちの常識を変えていく必要があるんです。そうでなければ、その中核にいる高齢者が「やりたい」と思っても、周りの環境要因がそれを不可能にしてしまう。私たちがその周辺をどう変えていけるかが重要だと思いますね。

辰巳:おっしゃる通り、私たちが囚われている常識を変えていくこともAge-Wellをデザインしていく上で大切ですよね。実際、弊社のAge-Well Desingerがよく言っているのが、ポジティブな意識変化を創り上げていかなくてはならないのはシニア自身だけではないということなんです。その周囲もまたシニアに対するポジティブな認識を持ち、シニアを取り巻く「常識」を変えていくことが、Age-Wellな行動を生み出すための重要な要素であると感じます。

水口:私自身、「老いる」と聞くとネガティブなイメージを抱いてしまいますが、それに変わる言葉があると思うんです。まさしく「感覚が研ぎ澄まされていく」「磨かれていく」といった表現ではないでしょうか。シニアに対して「人生のプロフェッショナル」という見方ができると良いのかもしれません。

そういう常識や価値観が世の中に普及してくれば、シニア世代もきっと「そうありたい」と思い始めますよね。そのためにも、高齢者を含め、全ての世代が活き活きとポジティブに何かに挑戦できる、Age-Wellな行動を生み出す環境を、社会の仕組みづくりから実現していきたいです。

取材後記

「介護問題」を社会全体で取り上げ、多角的な視点から社会における仕組み作りを最前線で進められている水口さんのお話を伺い、課題をより一層「自分ごと」として捉えることの重要性を痛感しました。エイジズムのない社会こそ、私たちが目指すAge-Wellな社会ですが、実際にはまだまだ「老い」に対するネガティブなイメージが存在します。そこに対して、シニア世代ご本人だけでなく、周囲も含めたポジティブな意識の変化が、シニア世代のポジティブな自己認識・挑戦に向けた環境作りの第一歩であると考えます。前向きな目的意識を持つことがポジティブな挑戦に繋がり、それがさらに健康の維持にも繋がっていく。このサイクルをいかにデザインしていくかを今後より深めていきたいですし、今回のインタビューを通じて、Age-Wellをデザインしていくにあたっての私たちの使命を再確認することができました。引き続き周囲を巻き込みながら、高齢者が活き活きと過ごせる未来を一緒に創っていきたいです。改めてありがとうございました。

(インタビュー:辰巳裕亮 編集:村田凜)