2023年7月18日
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【シニア傾聴インタビュー_vol.10】歳を重ねるにつれて人を好きになる。他者との関わりの中で前進し続ける第二の人生。
Age-Well Design Labでは、挑戦と発見を通じてポジティブに歳を重ねる”Age-Well”を体現されている方へのインタビューをお届け。Age-Wellな生き方を発信していきます。
今回は、孫世代の相棒サービス「もっとメイト」を利用されている木内秀樹(きうち・ひでき)さんにインタビュー。木内さんは、世代を越えた人との関わりを通して新しい価値観や知識を吸収し、常に自分をアップデートしている方です。昔は人嫌いで消極的だったそうですが、今は「歳を重ねるにつれて、どんどん人を好きになっていく」と話す木内さん。今回はそんな木内さんの「Age-Well」に迫ります。
退職後に見えてきた100年時代の人生
秋山:インタビュアー)木内さん、本日はよろしくお願いいたします。木内さんは、もっとメイトの会員でありながら、モットバ!にも通われていますよね。もっとメイトやモットバ!を利用するにあたって、どのような経緯があったのでしょうか?
木内さん)約3年前の退職をきっかけに生活が大きく変わったんです。それまでの会社の付き合いがなくなったこと、加えて、コロナの真っ最中だったこともあり、ほとんど外に出られなくて。社会人時代からの趣味や運動は続けていたんですが、それでも生活リズムが整わず、新たに人との関わりを作ることが必要だと考えるようになりました。
秋山)そこで、もっとメイトに出会われたんですね。
木内さん)退職した年の12月に新聞の折り込みチラシを見て、ちょうどスマホをiPhoneに買い替えようと思っていたこともあり、申し込んでみたんです。私は緑内障なので、視覚障がい者用のアプリが充実しているiPhoneを使えるようになれば、生活が大きく変わると思いまして。今は、視覚障がい者用のアプリだけではなく、健康管理やキャッシュレス決済のできるアプリなども使っていて、スマホがない生活はもう考えられません。これは、携帯ショップへの付き添いから始まり、私に合ったデジタルレクチャーをしてくださっていた那波さん(木内さんを担当していたAge-Well Desiner)のおかげですね。
モットバ!には、以前から興味を持っていたので、稲村さん(木内さんを担当していたAge-Well Desiner)と一緒に行ってみたんです。初めてモットバ!へ行った時にびっくりしたのが、職員さんや会員さんからとても温かい歓迎を受けたこと。それからモットバ!にも通うようになり、会員さんと話したり、カラオケサークルや野球サークルで活動したりする日々が私の日常になりました。今度、ずっとやりたかった野球の会を開催するんですよ。野球サークルは、Age-Well Designerとシニアの方が参加していて、まだまだメンバーを募集中です!
秋山)サークルには、Age-Well Designerも所属しているんですね。世代を超えた交流が木内さんの日常になっているところが素敵です!木内さんは、社会人時代から趣味だけではなく、運動も継続されているそうですね。
木内さん)はい、もう30年ほどになります。散歩の時は約2時間、室内用自転車に乗るときは約40分。毎日、天候や体調にあわせて、ウォーキングとサイクリングのどちらかを必ずするようにしているんです。
秋山)その運動量を1日こなすのも大変そうですが、それほどの運動を毎日継続することはハードではありませんか?
木内さん)ランニングや水泳などの激しい運動ではないので、それほどハードではありません。自分の健康管理上いいことだと思っていますし、これからも続けたいですね。ただ、年齢とともに少しずつ運動量は減らしていますよ。やらないのも良くないけど、やりすぎも良くないので。この、“適度にやる”ことが継続するうえで大切だと思っています。今は、人生100年時代でしょう。退職後の私の課題は、「健康寿命と寿命をどれだけ近づけられるか」。だから、健康管理は本当に大切にしているんです。私は、持病を持っていたので30代から高血圧になってしまってね。勤めている頃、会社で脳ドックを受けたのですが、頸動脈に脂肪が溜まっていたらしく、もう少しで危険水域に入ると言われたんです。それをきっかけに、今までの運動習慣に加えて食事にも気を遣うようになり、1年で10キロ以上痩せたんですよ。今は毎日、体重を測ってスマホで管理していますし、健康診断も定期的に受けるようにしています。
秋山)毎日、体重を測ったり、定期的に健康診断を受けたり、ご自身の変化と向き合うことを大切にされているということですか?
木内さん)それは、変化しないように自分と向き合っているんです。健康に関しては、なるべく変化させないように自分と向き合うことが大切だと思っています。
ただ、健康寿命と寿命を近づけるためには、変化が必要なこともあるんじゃないでしょうか。それが何かはまだわからないけれど、デジタルも活用した人との関わりを通してその変化に目を向けておくことも大切だと思うんです。たとえば、若い世代との関わりの中で新しい知識と発見を得ることもそうかもしれませんね。あとは、金融経済に関する情報をアップデートすること。社会人時代には経理に関する仕事をしていたので、今でも積極的に取り入れるようにしています。
秋山)時代の変化に目を向ける探求心ということでしょうか。木内さんの探求心は、特にもっとメイトでのデジタルレクチャー、モットバ!での活動に表れているように感じます。この探究心と健康の維持が、木内さんの考える、健康寿命と寿命を近づける秘訣なんですね!
2度の転職が生んだ“挑戦”と“成長”
秋山)木内さんは、幼い頃から新しいことに対して積極的な方だったのでしょうか。
木内さん)いいえ、幼い頃から人見知りで消極的な人間でした。決めたことを最後までやり抜く真面目な性格ではあったのですが、自信がなくて、その決断に行きつくまでが消極的だったんです。特に苦労したのは就職してから。昔から数字を扱うのが好きだったので、高校では簿記を、大学では経済学を勉強していました。だから、仕事では経理をやりたいなと思っていたんです。でも、当時は職種で選べる会社が少なく、どこかの企業に入って色んな経験をして、最終的に職種が決まるというのが一般的でした。1社目に入社した時もいきなりコンピュータに関する仕事を任されたのですが、自分がやりたいことからかけ離れていたため、半年ほどで辞めました。その後の職場も、自分の希望にかなわなかったため転職をしています。
秋山)ということは、就職してから短期間で2回転職されたということですよね。今でこそ転職は当たり前の時代になっていますが、木内さんの時代においては風当たりが強かったのではないでしょうか?
木内さん)そうですね。その頃、転職するというのは、 マイナスなイメージがありました。それに、1社目は大企業だったので、退職を決意した後も自分の選択に自信が持てず不安を感じていました。でも、自分が本当にやりたかったのは、経理全般の仕事なんです。大企業の経理部に入れたとしても、支払業務や入金業務が分かれているなど、1部門しかやれないわけですよ。それでは面白みがないなと。だから、自分のやりたいことが叶う中小企業や中堅企業へ転職を繰り返しました。でも、それが後になって生きてきたんですね。1社目でコンピュータの導入をしたことと、2社目で経理事務全般を任せてもらったことは、3社目の仕事に非常に役に立ちました。だから、いきなり3社目の会社へ入社するより、いい経験をしたんだなと思っています。
それに、3社目の会社ではキャリアの転機があったんです。相変わらず自信がなくて、上司に頼りきって仕事をしていた4年目の頃。決算時期に、上司が胃がんで入院してしまったんです。中小企業だったので、代わりが誰もいない。じゃあ、自分がやるしかないと、ここで火がつきました。この時、初めて自分なりに決算業務を一通りこなすことができたんです。それまでは挑戦することができなかった。ちょっとしたことでも嫌だな、どうしよう、どうしようって思い悩んでいたんですが…本当に不思議なんですよね。この1つの出来事から自信がついて、どんな困難な仕事に対しても「何とかなる、とりあえずやってみよう」と思えるようになりました。だから、とりあえずやってみるという“挑戦”が大切なんです。
仕事が好きになって、自分はもう大丈夫だと思えるようになったのはこのタイミング。ちょうど1年後には管理職に昇進したんです。少し前の自分だったら、管理職なんか自分に務まらないと弱気になっていたでしょうね。でも、もうすっかり自信がついていたので、管理職に挑戦し、退職までの40年弱ここで成長し続けることができました。
秋山)転職が当たり前でなかった時代に、自分がやりたいことを諦めず挑戦し続け、2度の転職の先にはキャリアの転機があった。この経験が、挑戦を恐れない今の木内さんを作ってるのですね。
他者との関わりの中で前進し続ける。
秋山)人嫌いだったと話す木内さんが、退職後に新しく人との関わりを求めるようになった背景には、どんな変化があったのでしょうか?歳を重ねるにつれて人を好きになっている今の木内さんについて、ぜひお話を聞かせてください。
木内さん)そうか、まだ障がいのことを話してなかったですよね。60歳の頃、会社の人に勧められて目の検査を受けたら、障がい者2級と診断されました。障がい者等級は6級から1級にかけて強くなっていくんです。目はもう生まれつき悪かったんですが、自分が障がい者であることを認識したのはこの時が初めてだったので、正直、驚きました。原因は緑内障で、視野が段々と狭くなってくるので焦点を合わせるのに苦労するんです。たとえば、やっと信号を見つけられたとしても、視線を外してしまうと再び見つけるのに苦労する。その間に信号の色が変わってしまったりするから大変なんです。こういう不自由さは、目が悪くなってから初めて気づくんですよね。
ただ、 1番大きな気づきだったのは、他者の存在。視覚障がい者にとって白杖をもつかどうかは、悩みを伴う選択なんです。私もその中の1人で、白杖が便利であることはわかっていたのですが、障がい者であることをアピールしているように感じて抵抗がありました。でもね、実際に使ってみると、色んな親切が身に染みてくるんです。白杖をもっていれば、すれ違う人は避けてくれます。なかには「どこまで行くんですか。ご一緒しましょうか。」と親切に声を掛けてくれる人もいます。だから、白杖を持つようになってからは、人に対して感謝の念をすごく感じるようになりました。自分の弱い部分に向き合って、それを受け入れてもらうと、初めて他者の存在やその有難みがわかってくる。昔から「人を信じたい」という気持ちは強かったので、これをきっかけにさらに人と向き合えるようになったんだと思います。今は、歳を重ねるにつれて一層人を好きになっているんです。
秋山)木内さんは、他者への感謝の念があるからこそ、世代を越えた人との関わりを持ち続けられるのだと感じました。
木内さん)そうですね。他者との関わりの中で、自分も前進し続けられていると感じています。同世代の方との関わりでは、それぞれ違う人生を生きてきているから、深い人生観に触れられる。そういうところが面白いと思いますね。
一方で、若い人と接するときは、ポジティブなエネルギーをもらっています。そういうポジティブなエネルギーは、たとえば身だしなみを整えることに繋がったりする。だから、歳をとってもいつまでも持っていないといけないエネルギーだと思いますね。あと、若い人たちと話している時は、色々な考え方や価値観を吸収できて新しい発見があるんです。彼らはインターネットからどんどん新しいことを吸収していますよね。そういうところが素晴らしいなといつも思っているんですよ。私も見習いたいです。
秋山)実際にシニアの方からそのようなお話を聞けるのは嬉しいです!本日のインタビューもそうですが、孫世代の私たちも、シニアの方から貴重な知識や考え方、ポジティブなエネルギーをたくさんいただいています。最後に、私たち孫世代に何かメッセージをお願いしてもよろしいでしょうか?
木内さん)人間1人では生きていけないので、家族や会社の人、友人など知り合えた人たちに“感謝の念”をもつことを忘れないでいてほしいです。
秋山)ありがとうございます。今の木内さんを体現しているお言葉ですね。私も木内さんのように歳を重ねられるよう、日々、感謝の念を忘れずに過ごしたいと思います。本日は、本当にありがとうございました。
対話後記
このインタビューを通して、「自分と関わってくれた人への感謝を伝えたい」と語っていた木内さん。この言葉から、関わった人との縁を本当に大切にしている方であることを感じました。自分の弱い部分に向き合い、それを受け入れてもらうことで他者の存在やその有難みが初めてわかる。内省を繰り返し、弱い部分を自己開示できる強さをもつ木内さんだからこそ、他者との関わりの中で前進し続けることができるのだと思います。そんな木内さんは、未来の自分の姿も想像がつかなくて変化が楽しみだそう。まさに、「Age-Well」な人生に触れることができ、私自身のこれからについてもワクワクできる時間になりました。木内さん、改めて貴重なお時間をありがとうございました!
(インタビュー:秋山珠季 編集:秋山珠季)