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2026年9月11日 Age-Well Design Lab

【シニア傾聴インタビュー_vol.17】したいようにできる自分へ

Age-Well Design Labでは、挑戦と発見を通じてポジティブに歳を重ねる”Age-Well”を体現されている方へのインタビューをお届けし、Age-Wellな生き方を発信しています。

今回は、孫世代の相棒サービス「もっとメイト」を利用されている陶山英子(すやま ひでこ)さんにインタビュー。

ファッション業界で長年活動し、ブランドの立ち上げや海外事業、店舗開発などを手がけてこられた英子さん。現在は独立し、ファッションやカフェ、ライフスタイル領域で多角的なビジネスに携わっています。常にはつらつとされ、何事においても好奇心旺盛で魅力的な英子さんに、どのようにAge-Wellを体現されているのかお話を伺いました。

仕事への情熱とご縁の連鎖

インタビュアー:田口)英子さん、本日はどうぞよろしくお願いいたします!ファッション業界で活動されてきた英子さんですが、そもそもファッションに興味を持たれたきっかけや、幼少期の原体験について教えていただけますか?

英子さん)私の幼少期はまだ日本が豊かではなく、氷を入れて冷蔵庫を冷やしていたような時代でした。実家は新宿区にあり、祖母が茶道と花道の教授で、茶室もあるような伝統的な家だったんです。その環境への反動なのか、幼い頃から洋風なものに強く惹かれていました。

田口)伝統的な「和」の家庭で育ったからこそ、より外の世界や洋風の美しさに惹かれていったのですね。

英子さん)そうですね。それと、洋裁が得意でデザインセンスのあった母の影響も大きいです。当時は既製服がなかったので、母が弟とお揃いの服をよく仕立てていました。その頃からファッションへの興味はあったのだと思います。

田口)ファッションに携わる原点となったお母様との思い出、とても素敵です。ファッションの他に、学生の頃はどのようなことに関心を持たれていましたか?

英子さん)10代の頃は、ヒッピームーブメントの真っ只中でした。私は既存の社会や保守的な体制に対する「反骨精神」に共感していました。自由を求める文化に強い影響を受けたし、その頃に芽生えた精神は、間違いなく今の私のベースになっています。

田口)10代の頃に育った環境、出会った人、培われた精神性が、その後のキャリアや生き方にも繋がっていくのですね。

英子さん)私は18歳の頃に最初の結婚をしたのですが、通学も仕事もしない生活が本当に退屈だったんです(笑)。あの頃の時間と、自分の中にある反骨精神、そしてファッションに対する「好き」という想いが合わさって、私の原動力になりました。
だから仕事を始めた時は、「この業界でひとかどの人物になろう」と目標を立てたんです。一般的な会社員のような分かりやすい出世階段のない世界だからこそ、常に進化する、ゴールのない目標を立てたのは良かったと思います。

田口)18歳の頃の退屈さを情熱へと転化し、大きな目標に向かって突き進んでいかれた姿勢が本当にしなやかで力強いです。そうして飛び込まれたお仕事の現場で、英子さんが一番大切にされてきた想いをお聞かせいただけますか?

英子さん)仕事を通して心底感じるのは「目の前のことを一生懸命やっていたら、誰かが必ず見ている」ということです。アパレル企業への入社も、大手商社から依頼された海外ラグジュアリーブランドの日本展開プロデュースや買い付けの仕事も、自分から売り込んで掴み取ったものではないんです。目の前の仕事にがむしゃらに取り組み続けていたら、誰かがそれを見ていて、次の大きな「ご縁」へと繋がった。本当にラッキーだったと思っています。

田口)「目の前の仕事への情熱」と「周囲とのご縁」を何より大切にされていて、それを「ラッキーだった」と言えてしまう英子さんの軽やかさが何よりの魅力だと感じました。ご自身でブランドや事業を手がける中では、どんなお気持ちだったのでしょうか?

英子さん)事業の責任者になったり、自分の会社を立ち上げた時は、とにかく死に物狂いでした。特に48歳の時、会社を立ち上げる決断は、人生の転機であり、怖い瞬間でした。役員として働くことと、自分がオーナーになることでは天と地ほど違いますから。自分がオーナーシップを持つ立場になると、会社を存続させ、良いクオリティの仕事を次世代へ継承する責任があります。「これでひとかどになれた」と満足したことは一度もありませんでしたが、とにかく良い仕事をして、存続することに必死でした。

田口)強い信念と覚悟を感じるお話です。そうして夢中で駆け抜けて来られて、今の仕事への向き合い方や想いに変化はあったのでしょうか。

英子さん)仕事が次のフェーズに進んだ今は変わりました。「ひとかどになる」ことよりも、「いかに人の役に立てるか」を考えるようになりました。

座右の銘を聞かれた時には「したいようにできる自分になる」と答えています。その時々でなりたい自分は変わるけれど、いつでも必死で、一生懸命でいることだけは変わらない。ワガママなだけかもしれないけれど(笑)。目の前のことを一生懸命やっていれば誰かが必ず見ていて、助けられる。私はずっと、その繰り返しで生きてきたんです。本当にご縁ですね。

しなやかでフラットな関係性

田口)目の前の仕事や人に対し全力で向き合い、ご縁を大切にされてきた英子さんですが、「もっとメイト」の利用を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

英子さん)初めて会社の存在を知ったのは、日経MJ新聞の記事でした。
「これはマーケティング的に面白いビジネスだ!」と興味を持ったのがきっかけです。私自身、元々メカやITが得手ではありませんでしたし。「孫世代の相棒サービス」というキャッチフレーズにも惹かれて、まずは体験してみようと思いました。

田口)最初はビジネスの視点から興味を持ってくださったのですね…!
実際に利用してみて、日常生活やお仕事においてポジティブな変化はございましたか?

英子さん)これまでお会いしたAge-Well Designer(以下AWD) の中には18歳の方もいて、若い方の価値観に触れる良い機会になっています。その若さでこうしたお仕事に興味を持ち、行動していることをリスペクトしていますし、皆さんが何でもテキパキと対応される姿が素晴らしいと思います。

現在担当してくださっている飯島加菜さんには、私が移転をする際に、様々な手続きをサポートしていただいたことがありました。また、気に入ったYouTubeのメンバーシップ登録の仕方なども教えていただきました。

それから最近では、誕生日に駒澤大学の駅伝応援タオルをプレゼントしてくださったんです。私が駅伝好きなことを覚えていて、とても嬉しかったです!

田口)私もお誕生日会に同席させていただきましたが本当に心温まる瞬間でした!
英子さんが立場や世代を超えて、私たちとフラットに向き合ってくださるからこそ、お互いに学び合える関係性が構築されているのだと、お話を伺い実感しました。

「見たい、知りたい、わかりたい」
好きの探求と学びの循環

田口)英子さんはお仕事と並行して、山登りや駅伝観戦、ピラティス、ホテル巡りと、本当に多趣味に毎日を楽しまれていますよね!「好き」をどこまでも探求されている英子さんは、お話されている時も目がキラキラと輝いていて魅力的です。

英子さん)私にとってはどれもただ楽しいだけでなく、必ず何かしらの「得るもの」があります。

登山は、子供の頃に林間学校で行った長野県の霧ヶ峰がきっかけでした。当時は日本で一番空気が良くないと言われていた新宿区に住んでいたので、霧ヶ峰で緑の良い匂いを胸いっぱいに吸い込んだときは本当に気持ちが良くて。そこから山が好きになりました。山は持続する力を養い、内面的な成長をさせる存在です。近年では日本の山だけでなく、スイスの山にも登りました。

ピラティスは体を動かすだけでなく、若いエデュケイターたちが内面の言語化をしてくださる環境です。そこで言語化することが自分にとって必要であると気づかされました。

山登りとピラティスはMeditation(瞑想)に近いもので、内面的な強靭さを培う場になっています。

田口)英子さんの凛とした佇まいには、山登りやピラティスで培われた揺るぎない精神性が表れているのだと感じました。駅伝については毎日チェックされているとお聞きしましたが、どのように楽しまれているのかお聞かせください!

英子さん)駅伝は語り出したら止まらないです(笑)。かれこれ20年近く見ていますけれど、本当に面白くて!選手の卒業や成長で毎年チームの強さが変わる過程や、襷を繋いでいくチームワークに惹かれますね。YouTuberのスポーツ大学院の配信コミュニティにも入っていて、視聴者同士チャットで語り合ったりもしているんですよ。また、もっとメイトのデジタルレクチャーでスパチャ(投げ銭)のやり方を教えていただき、楽しんでいます。

田口)20年間の熱量はもとより、チャットでのリアルタイムな交流やスパチャ(投げ銭)まで楽しまれているとは驚きです!ホテル巡りはどんな風に楽しまれていますか?

英子さん)ホテル巡りも大好きな趣味ですね。友人から「今度ここに行くんだけどおすすめある?」と聞かれた時に、自分で体験して得た知識を紹介して、相手に喜ばれる瞬間が嬉しいんです。人の役に立てることが自分の喜びでもあるんですよね。

田口)自分の内面を磨くだけでなく、周囲の楽しさや喜びにまで循環させていく姿勢が本当に素敵です。その底知れぬ探究心はどこから湧いてくるのでしょうか?

英子さん)「好き」に理由はないじゃないですか!世界中のことをもっと知りたいし、人間って本当に面白くて魅力的。誰に対しても尊重する気持ちがあるし、好きなものは好き。それだけですね。

田口)好きなものは好き。シンプルですが核心をつく言葉ですね。
英子さんの「好き」の探求は、お仕事とプライベートに共通して原動力となっているのですね。

一生涯チャレンジし続ける

田口)様々なことにチャレンジされ続けている英子さんですが、今後チャレンジしていきたいことはありますか?

英子さん)興味が湧く先へ旅することですね。
直近では、スペインのカミーノ・デ・サンティアゴの最後の100キロを歩く予定です。ヒマラヤをこの目で見てみたいし、アフリカ大陸にも行ってみたい。チベット文化にも興味があるので、チベット文化が残っているというヒマラヤ最奥のムスタンにも行ってみたいです。

人生は一生チャレンジだと考えています。この美しい星に生まれて、行きたいところに行かずに死ねるか!の精神です。これからの人生は、人の役に立つことをして、元気に死にたいです。

田口)様々な土地を訪れ、文化や自然、人々に触れながら、ご自身を磨き続けてこられた英子さん。その飽くなき探求とチャレンジの連続の中にも、「したいようにできる自分になる」という一貫した信念が見えてきました。

最後に、同世代の方々、そしてAWD世代の方々へメッセージをいただけますでしょうか。

英子さん)人生はご縁が全てです。ご縁に巡り会い、そのご縁を大切にするには人柄が良い人になることです。それにはまず笑顔で挨拶をしましょう。すると人生が楽しくなります。

対話後記

英子さんの颯爽とした姿や裏表のないまっすぐな言葉、時折見せてくださる茶目っ気溢れる素敵な笑顔。その奥にある確固たる軸が、今回のインタビューを通して垣間見えた気がします。そんな英子さんとの対話を終えて残った感情は、「シニアの方とお話した」という感覚ではなく、ただ一人のしなやかで力強い女性の美学に触れた、という心地良い感動と高揚感でした。英子さんがお話してくださるエネルギー溢れるエピソードの一つ一つに、いつの間にか私自身も胸が高鳴っていました。
「したいようにできる自分」になるためのヒントの数々は、これからの人生の指針として大切に心に留めておきたいです。

(インタビュー/編集 田口真帆)